私たちのこと

トータルヘルスクリニックは、2003年(平成15年)11月の開設以降、
一般診療科、産婦人科において、地域の皆さまに寄り添い診療をつづけてきました。
15周年を迎えたいま、開設のきっかけやエピソード、地域医療への変わらぬ想いと
クリニックのこれからについて、土屋繁文院長・土屋あさ子副院長に語っていただきました。

院長土屋繁文×副院長土屋あさ子
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Past

開設までのあゆみ

-開設のきっかけをお聞かせください
繁文Dr.
土屋病院が一般病院から療養型に切り替わることになり、それならば療養型ではできない産婦人科と一般診療科のクリニックを立ち上げようということになりました。ただ、産科は大変なので、有床か無床かで最後の最後まで随分悩みました。結果的に有床診療所でやっていくことになったのですが、これだけの規模の有床診療所はあまりありませんでしたので、大きな不安はありました。
あさ子Dr.
そうでしたね。お産はハイリスクですから、産科を開設するにはそれなりの気持ちがないと難しい、と。建物の設計もスタッフの数もぎりぎりまで二転三転しました。でも土屋病院からの助産師や看護師もおり、家族の支えもありましたから、ここでやるのが一番だということになりました。
繁文Dr.
当時、まだ女性の産科医が少ないなかで、ここに産科ができればお母さん方にとっていい環境になるという確信はありました。あさ子先生は、知識も経験も豊富でしたから。
あさ子Dr.
先代の理事長もまだ現役で、兄たちを含め家族が良き医療の理解者としていてくれたから、決断できたのだと思います。
繁文Dr.
僕は産科のお手伝いをしながら、自分のやりたい一般診療ができればいいなと思っていました。でもね、最初にきちんと見込みを立ててはいたけど、初日前夜まで患者さまがお一人もこられない夢を見ていたくらいです(笑
-名前に託した想い、開設当時の思い出をお聞かせください
繁文Dr.
トータルヘルスクリニックという名前は、生まれたばかりの赤ちゃんからお年寄りまで、すべての年齢層の方のお役に立ちたいという想いから付けました。
あさ子Dr.
スタートは12床からでしたね。
繁文Dr.
そう。ただ1年で手狭になって、マタニティビクスの部屋を移して3床増床しました。2年目にインフルエンザの予防接種を低料金にしたことも、たくさんの方にトータルヘルスクリニックを知っていただくきっかけになりました。予防接種は社会貢献だと考えて、1シーズンで3000人以上、1日150人以上の方を受け付けたのを覚えています。
あさ子Dr.
それから、初めて電子カルテ!大変でしたね。
繁文Dr.
僕らは1週間前まで、開設準備と掛け持ちで前の病院にも勤務していたんです。だから新しいシステムを覚える時間がなくて。何度もシミュレーションを繰り返しました。
あさ子Dr.
初日は業者の方に横についていただいて、何とか動かせたのは…確か…、11時頃でしたか?そして診療が終了したのが21時頃でした。思い出しますね。
繁文Dr.
それでも患者さまは待っていてくださった。いくつもお薬が必要な内科などは、処方箋を出すまで1人15分くらいかかってしまって。「ご迷惑かけてしまう」と、もう泣きそうでした!
あさ子Dr.
だけど皆さん、不満も言わず温かく見守ってくれました。「いいから、いいから」「大丈夫、大丈夫」って。
繁文Dr.
ありがたいことです。私たちも、オーブニングのスタッフも本当に忘れられない一日です。
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Now

いまの私たち

-15年間で印象に残っているエピソードを教えてください
繁文Dr.
ひとつはこれ。画家の長尾勉さんが開設の記念に描いてくださったものです。
あさ子Dr.
父、兄弟、歯科のかおる先生、私たち家族といっしょに、地域のお年寄りから小さな赤ちゃんまで、とても素敵に描いてくださいました。
繁文Dr.
「こうしてください」とお願いしたわけじゃないんですが、当クリニックの15年間の風景そのものかなと思います。
あさ子Dr.
いま改めて見ると、私たちも歳を取りましたね。
繁文Dr.
15年前だからね-(笑
あさ子Dr.
他には…毎日いろいろな事があって選べないですね。
繁文Dr.
あれは…8年前…?駐車場で骨折したでしょう。
あさ子Dr.
ああ、出勤の時に、雪で滑ってしまって。
繁文Dr.
あさ子先生が足関節を骨折してしまったんですが、その日の患者さまがいましたので、とりあえず整復固定して車いすで診療したんです。その日の午後、太田西ノ内病院の整形に無理にお願いして手術してもらい、翌日退院し、その翌日から僕も付き添ってここに寝泊まりしながら外来を続けました。
あさ子Dr.
そうです、そうです。スタッフに車いすを押してもらって…。懐かしい!
繁文Dr.
僕も3年前に脊椎を痛めて2週間ほど外来診療をお休みし、検診だけやっていたことがありました。3ヶ月のドクターストップがかかったのですが、それ以外はまず休んでないですね。幸い、お互い健康ですから。
-仕事に対するエネルギー源は何でしょう?
繁文Dr.
数あるクリニックのなかで、うちを選んでくださる患者さまの想いです。僕じゃないと治療ができないことは何もありませんが、それでも選んでくださる方がいる。「とにかく辛くなったら、トータルヘルスクリニックへ行けばいい」と思ってくださる患者さまのために、僕らが精いっぱい努力をするのは礼儀ですし、当たり前のことだと思っています。
あさ子Dr.
私も同じです。産科ではいつもお母さんと赤ちゃんを無事に返したいと思っていますし、婦人科も「ここに来てよかった」と思っていただけるよう、頼ってこられた方には親身にお応えしたいと思っています。
繁文Dr.
僕としてはそろそろ、あさ子先生には少しゆっくり休んで欲しい気持ちがあるんだけどな…。あさ子先生は頼まれると断れない人で、「先生のところで産ませてください」と言われると、リスクがあっても引き受けちゃう。ただ、やはり一人の人間で何でもこなしていくには限度があります。外来もお産も新生児も、と一人三役ですから。
あさ子Dr.
私も、院長先生には体をもっと大事にして欲しいです。院長先生は、患者さまに対してすごく熱心です。そばで見ていても患者さまを想う気持ちがとても強くて、本当にお一人お一人を大切にされています。だから、他へお移りになった患者さまから「院長のところへ戻りたい」「院長に診てほしい」と言われることが多いんです。私やスタッフを含め、地域の皆さまからも本当に信頼してされていると感じます。
3
Future

これからのこと

-今後、地域の期待にどう応えていきたいとお考えですか?
繁文Dr.
トータルヘルスクリニックの基本的なコンセプトは大きく変わりません。ただ、この15年間で医療制度はずい分変わりましたし、特に医療は在宅へシフトしています。おそらく、これからの僕らの仕事は診療所で患者さまを待つ時代ではなくなるでしょう。患者さまも、「自宅で自分らしく最期を迎えたい」という方が間違いなく増えていますし、療養が必要な方を受け入れる医療機関の床数にも限りがありますから、これまで以上に、こちらから出向くことが必要になっていくと思います。うちでは当初15名ほど、いまは外来が忙しく数は限られますが、今年100歳になるお一人の方の訪問を続けていま す。またグループに療養型病室や老人介護施設などがあるので、地域の皆さまの色々なニーズにはきちんとお応えしていけると思います。
あさ子Dr.
産科での変化は、16~17歳の若いお母さんから、40歳前後のお母さんまで、お産の年齢幅が広がったことでしょうか。そのため、世代ごとに異なるリスクをいかに避けることができるかが重要になっています。
繁文Dr.
産科はこれからチーム医療が中心になっていくでしょう。若い医師たちはリスクにとても敏感ですし、10年もすれば一人の産科医がすべてを診る状況は減っていくと思います。クリニックが受け持つのは自然分娩で、あとは大きな病院と連携する形が主流になるのでは。すべてを引き受ける産科医は、いまが最後の時代かもしれませんね。
あさ子Dr.
少子化という背景もあり、家族の方のお産に対する関わり方もかなり変わってきたと感じています。分娩の時、旦那さま以外にもお母さまお父さま双方のご両親が揃って付き添われることも多くなりました。
繁文Dr.
一回のお産への想いが、以前と比べて強くなっているのは確かだね。
あさ子Dr.
ええ。ご家族にとって、赤ちゃんが本当に大切な宝物なんだなと感じています。だから、その想いにきちんと応えていってあげたい。おかげさまで、うちのスタッフはみんな優しく細やかに対応してくれます。私たち医師だけでなく、ここにいるみんなの力があっての15年だと感謝しています。
繁文Dr.
僕らは毎日が精いっぱいで、お互いのビジョンを話す機会はあまりないのですが、嬉しいことに、絶対やらないと思っていた長男が、いま産科医をめざし、また、次男も小児科医をめざしています。地域医療にとって持続性があることはとても大切なことですし、親としても一緒に仕事ができる喜びは大きいものがあります。僕らができることはだんだん限られていきますが、次の世代にバトンを渡すまで、これまで通り患者さまお一人お一人に誠意をもって向き合い、できる限りのことをしていきたい-この想いは今後もずっと変わることはありません。

私たちは、家族のように、あかたたかく身近な医療をめざして、
これからも地域の皆さまといっしょに歩み続けます。